担当:Guitar & Vocal
生年月日:1988.2.2
趣味:アボカドの種を発芽させる
将来の夢:CoCo壱の店長
好きなおにぎり:お赤飯
好きな飲み物:炭酸水とコーヒー
-SNS-
X(旧Twitter) /Instagram/ツイキャス/デブカリ
◤もっと詳しい木村はコチラ◢
担当:Bass & Vocal
生年月日:1993.4.18
趣味:コロッケ食べる
将来の夢:ペンギン触りたい
好きなおにぎり:鮭と明太子
好きな飲み物:水とハイボール
-SNS-
X(旧Twitter) /Instagram/ツイキャス
◤もっと詳しいみーちゃんはコチラ◢
担当:Drum & Vocal
生年月日:1988.11.29
趣味:河原で石を積み上げる
将来の夢:木になる
好きなおにぎり:ツナマヨ
好きな飲み物:コーヒー
-SNS-
X(旧Twitter) /Instagram/ツイキャス
◤もっと詳しい後藤はコチラ◢
名古屋は大須TOLAND CAFEにて、お店主催のおすすめのミュージシャンを集めたイベント<PICK UP
ARTIST>にて、みみみ食堂の面々は邂逅。その後、バンドメンバーに夜逃げされ1人になったこんそめぱんち☆木村、バンドを脱退して1人になった社長みーちゃん、シンガーソングライターをしていた後藤タカヒロでバンドを結成することになる。
こんそめぱんち☆木村とみーちゃんによるアコースティックユニット。ジャンルはフォーク。空腹のぐぅ〜といいね(GOOD!!)を込めてグーグーズと命名。元ネタはグーニーズ(映画)。プロデューサーtaku kawaharaの「バンドの結成と解散は注目が集まる」というアイディアにより2ヶ月間の活動をもって強制的に解散。"何がしたいの?"という声が続出した。
taku「どうせ解散と結成を繰り返すなら音楽のジャンルも変えていこう!」プロデューサーの意見は絶対であり、カントリー&フォークを主軸にしたハンバーグハンバーグを結成。元ネタはもちろんハンバートハンバート。当時、木村は煮込み担当、みーちゃんは焼き担当、後藤くんは添え物担当というノリで、後藤くんは目玉焼き人間(常に被り物)として存在。また物語を作ってから試合をするプロレスから着想を得て<物語のあるバンド>を目指し、ライブの中に演劇などを取り入れた。半年で強制的に解散。唯一製作したCDは自ずと"BEST
ALBUM"と銘打ってリリースした。
神戸CHICKEN
GEORGEにて演劇を取り入れたハンバーグハンバーグの単独公演の終盤、演劇内でバンドの解散発表と同時に、新たなバンド結成を告げる…その名もディスコ戦隊踊るんじゃっ!ファンクとソウルを音楽に取り入れた。目玉焼き人間だった後藤くんはミラーボールマンに姿を変えた。こんそめぱんち☆木村の衣装の元ネタはブルースブラザーズ
。年末、初の台湾ライブツアーに挑戦。そのツアー中に次の台湾ライブも決まり、年越しを台湾で過ごす。
流行り病が世界中に蔓延した。音楽活動もままならず、どうしたものか?と頭を抱えたタイミングでプロデューサーtakukawaharaは「ネットの中だけの存在になったらええやん!」と提案。この年、開催した神戸CHICKENGEORGE単独公演の劇中(演劇継続中)にてディスコ戦隊踊るんじゃっ!の活動を終了しゲーム音楽(チップチューン)を主体とした音楽活動に移行した。しかしゲームっぽい音楽を作ることに苦戦する。
この年、プロデューサーだったtaku kawaharaが逝去。その後、開催されたCHICKEN GEORGEの単独公演の演劇ではこれまでのtaku
kawaharaとの軌跡を辿るものとなった。グーグーズ、ハンバーグハンバーグ、ディスコ戦隊踊るんじゃっ!、あつまれ!ピコピコの森…これまで活動してきたバンドが総出演。そして、物語の終盤…これからは、みみみ食堂として活動していくことを宣言。フォーク、カントリー、ソウル、ファンク、チップチューン、様々な音楽を経験して学んだことをみみみ食堂の音楽に繋げていく。
プロデュース、楽曲アレンジ、音源製作のすべてを任せていたtaku kawaharaが逝去して一年。自分たち主体で1st mini album「食堂浪漫」を製作しリリース。そして、taku
kawaharaが営んでいたスペースドッグ!レコードを寺山リウジ、藤本友己らと共に引き継ぎ、スペースドッグ!2ndをオープン。オープンを記念して無料サーキットフェス「風立つ、かもめ、あさひの献立」を開催した。
こんそめぱんち☆木村が活躍の幅を広げる年になった2022年。株式会社ニッセンにてファッションモデルとしてのオファー、オーディションを突破し元劇団四季の沼尾みゆき,芋洗坂係長らをゲストに開催されるミュージカルに参加。ラッパー"力士相撲"として所属する上海ブルドッグが、なんばハッチ単独公演を成功させた。バックバンドにみーちゃん、後藤タカヒロを起用し間接的に3人でなんばハッチの舞台に立ち、その景色を眺めた。そのほか太っちょ代表としてNHK総合テレビ 阿佐ヶ谷アパートメント、力士相撲として関西テレビ(NMB48出演)音いたちにも出演した。
新年一発目の大ニュースとしては木村がイケてるデブとして関西テレビの報道ランナーに登場。その勢いのもと、雑誌の取材依頼を受けた"週刊大衆"さんは想像の斜め上をいくスケベが過ぎる雑誌でファンも総出で驚愕。
上海ブルドッグとして台湾遠征の話が舞いこみ、台灣祭23'(3日間で102万人来場)に出演。初の本格的なフェスのステージでは、歓声で震える服や肌に感動の涙を流し"みみみ食堂でもフェスにでたいがな…"とステージの去り際に「いくわよ!」とお馴染みのキャッチフレーズを置いてきた。ちなみに台灣祭において初の日本人アーティストとしての出演だった。
5月の連休直前には初の山口、長崎で単独公演を開催!西日本でみみみ食堂の土壌を築く第一歩となった。旅の仲間としてSSWの常陸淳にオープニングで歌ってもらう。
一方、同時期にハーバーランドのフリーライブにてMBS企画の担当者と出会い「何かでお声がけしたいです」と声をかけて頂く。当たり前のように何も期待してなかったのだけど、本当に声をかけて頂きアイドルのプロデュースの一端を担わせて頂いた。それに伴い「チュート徳井・レイクレてっちゃんのA Music Chance」にゲスト出演。MBS番組「ぷくすけ!」が主催する"ぷくフェスin 服部緑地野外音楽堂"にも出演した。